植物はヒトを操る
前に書いた記事の「われわれは植物の恐るべき戦略に踊らされている」に関してですが、インパクトがあるみたいなのでそういう話の持って行き方が他になされていないか調べてみました。
「植物の恐るべき戦略」でYahoo!検索してみたらトップに出たのは私のブログ記事だったのですが・・・残念、そのものずばりな本がありました。
私は全然この存在を知らなかったんですが、こういう本が2011年に出版されていたようです。
植物はヒトを操る (Mainichi Science)
レビューを見る限り、同じような論調なのかもしれませんね。
こちらの場合は「花を見て綺麗だなと思う人の心」、これは実は「花がそれを狙ってそういう色や形を作っている」という話が典型的な話として出てくるようですね。
これを植物の策略・戦略と言わずしてどう表現すればいいのでしょうか。
う~ん、実は二番煎じだったのが残念・・・といっても、やはりすごいのはドーキンスだなとつくづく思います。
(所詮は彼の突飛な思い付きがなければなかなかそれに凡人はたどりつけなかったでしょうから)
視点を変えて物事を見るというのはほんとに重要ですね。
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同じことはノーベル賞を受賞した山中先生の発想にもあると思います。
多能性分化能を持つES細胞は、まだ分化が決定していない受精卵の内部細胞塊から樹立された細胞でした。
なんにでもなれる細胞をまだ何にも決まってない状態の胚から取り出すことができたから、ES細胞ができたし、みんなも納得したわけです。
ところが山中さんは、そのES細胞の性質を、皮膚への分化が決定した体細胞で再現することを思いついたのです。
そのためにはES細胞で発現が高い遺伝子を体細胞に入れるだけでいいのではないかと。
やってみたら、実験自体は非常に単純なもので、しかもうまくいきました。
山中さんでなくても、誰かが思いついて(ES細胞の普及以降、それを考えていた人はたくさんいます)、
そしてそのテーマで研究申請して、研究予算をつけてもらえて、実際にやることができたら、他の人が先に発見できていたでしょう。
しかしその研究テーマは、
「分化が決定した体細胞が初期化できるなんて生物学的にありえない、そんなことを考えるのは愚かなことだ。」
と、それまでの視点から外れることなく、いわゆる常識を捨てないように保守的に考えていたのでは、萌芽的研究として申請されることもありません。
さらに、研究費の審査をする人がそういう人ばかりでもまた、育たないわけです。
その点では研究班を率いる岸本忠三先生の面白がりと度量に巡り合えたラッキーもあったわけです、いわば岸本先生は育ての親ですね。
・・・と、虎たちの威を借りてみたりして(笑)。
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う~ん。人間は賢いのでしょうか?愚かなのでしょうか?
科学者には、山中先生のような方もいれば、地震列島の上にせっせと原発を作って、事故があれば「想定外」だと言う人が。
炭水化物60%のカロリー制限食を勧めて、糖尿病が悪化すれば、「想定外」「患者が悪い」のでしょうか。
血糖値を上げるのは糖質だから、出来る限り摂取をやめる。花粉症の人が花粉を避けるのと同じように、明解なことですよね。
荒木先生は、自分のことを現代のガリレオだといっているようですが、今は中世のように非科学的ではないはずですが。そういえば、ローマ帝国の貴族は、のどに指をつっこみながら食事を続けたとか。
人は穀物と上手につきあえるのでしょうか?
話があちこち飛びました。
アレルギー患者がアレルゲンを避けるように糖尿病患者が糖質を避ける。
まさしくおっしゃる通りなんですよね、原因物質を避けるのはきわめてリーズナブルな話です。
なのに、なぜそれを公然と否定することができるのか。
これは日本の医療界に昔から散見される現象でもあります、権威のある先生が言ったことはすべて正しいのです、白でも黒です。
勇気を出して、これこれこういう理由で白だと思うと言った人はその学会で抹殺されます。
具体的にどの病気だとは言いませんが、私の親戚もそれで抹殺されて、大学に残ることすらできずに開業医になった口です。
これは科学とか医学とかいう問題ではなくて、政治とか利権とか名誉(虚栄ですが)の問題であり、真実が大事ではない世界の話です、同列に論じるのも腹立たしい話です。
(ですが現実世界の大部分はこちらですよね。)
穀物と人間との関係、個人的な意見ですが、
穀物は当初は人間を飢餓から救ってくれましたが、その後、権力者が民衆を操るための道具になってしまったところに問題があったと思うのです。
穀物を作るのは農民ですが、それを掠奪してそして再配分するのはその時の権力者です。(歴史が残るような「国家」という形態ができて以降のことですけれどもね。)
穀物はヒトに安定的にエネルギーを供給してくれる貴重な食べ物であると同時に、あまりにも効率が良いために、一気に増えた人類にとっては貴重な命の糧、そして貨幣に等しい価値になったわけですよね(織田信秀あたりの貨幣経済の巧者が出てくるまでの戦国時代前期までなどまさしく、石高が大名の力を表していましたからね)。
穀物と人間の関係がおかしくなってしまったのは、そのように穀物を代替物としての貨幣経済が発達してきたことと時期を同じくしているのではないかと思うのです(というか穀物の代替物として貨幣が発達したわけですが)。
金はヒトを狂わせる、その原点は穀物だったように思うのです。
溜め込んだ穀物はヒトを狂わせる。
その典型例が・・・
そう思うと、現在の日本のように本当に人々が物質的な豊かさに充足感を覚えた現代にあってようやく、糖質制限などに代表される「正常な穀物との距離の取り方」が実現できる余裕が生まれてきたのではないか。
そういう意味ではまた逆に、「糖質60%でカロリー制限」というのは発展途上国の糖尿病食なのかなとも思います。
安上がりの穀物を食べさせながらなんとか糖尿病をさえる方法を探したのがその食事療法。
実際、糖質制限するとエンゲル係数上がりますからね。
そしてようやく、21世紀になって10年以上たって、真実を視るゆとりが日本人の間に出てきたのだと思います。
と、わけがわからないコメントですみません。
ちょっくら週末ヨッパです。