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SGLT2阻害剤内服でケトアシドーシスになるメカニズムの仮説



SGLT2というのは腎臓の尿細管の膜に発現しているたんぱく分子で、尿に排出されたブドウ糖を再吸収する役割を果たしています。

このSGLT2の機能を阻害することでブドウ糖を尿糖として捨てるのがこの薬の作用です。


基本的には2型糖尿病の方向けの薬なのですが、1型糖尿病の方々が何らかの手段で手に入れて使ってらっしゃるケースがあります。

SGLT2阻害剤を使う1型糖尿病の人の目的は何か?

もちろん血糖を下げることですが、2型糖尿病の人とはちょっと異なります。




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<1型糖尿病の患者さんの血糖コントロール>

1型糖尿病の人の血糖コントロールは非常に難しいのです。


できる限り糖質制限をしながら、まめに血糖値をチェックする。

同じものを同じ量食べても、患者さんによって血糖値の上がり方は異なります。

したがって、何を食べたらどのぐらい血糖が上がるかも自分で把握しておく必要があります。


その上で、毎日必ず持続型インスリンは打ちます。

速効型インスリンは必要に応じて打ちます。量に関してはこまめな調整が必要です。


そこまでしてコントロールしてもなお、血糖値の乱高下に悩まされる人が多い。


そこで、SGLT2阻害剤の効果に期待して併用されれます。

この薬を飲んでおけば、

食餌療法とインスリン投与だけではコントロール不能な高血糖を回避できるからです。

そして、インスリン投与量を減らすことができます。
(ここがいちばんの目標でしょうか)


ですが、残念なことに。

1型糖尿病の人がSGLT2阻害剤を使うと高い確率でケトアシドーシスを起こしてしまいます。


1型糖尿病患者さんがSGLT2阻害剤を使う危険性
http://xn--oqqx32i2ck.com/review/cat4/sglt2_1.html
2017年6月24日にアップ


それがなぜなのかを考察してみます。



<SGLT2阻害剤使用中のケトアシドーシスに関する英文レビュー>


まずはこの問題に関しての英文のレビューを確認してみましょう。

2015年のDiabetes Careに掲載されているものです。

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Euglycemic Diabetic Ketoacidosis: A Predictable, Detectable, and Preventable Safety Concern With SGLT2 Inhibitors

Julio Rosenstock1? and Ele Ferrannini2

1Dallas Diabetes and Endocrine Center at Medical City, Dallas, TX
2Institute of Clinical Physiology, Consiglio Nazionale delle Ricerche, Pisa, Italy

Diabetes Care 2015 Sep; 38(9): 1638-1642. https://doi.org/10.2337/dc15-1380

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最初に症例に関する要約があります。



<SGLT2阻害剤使用中のケトアシドーシスの発症頻度と男女比など>

2013年3月から2014年6月の報告されたSGLT2阻害剤使用中の患者で発生したケトアシドーシスの症例で、FDAが把握している20症例ですね。

この方々のケトアシドーシスの特徴は弱い、あるいは中等度の血糖上昇を伴うケトアシドーシスであったというものです。

つまり、我々がこれまで常識的に考えていた高血糖を伴うDKAではありません。


次にこの患者さんたちですが、ガイドラインに従ってSGLT2阻害剤を投与されていた2型糖尿病患者さんだということです。

しかし、患者さんたちのほとんどはインスリン投与治療中であり、中には1型の患者さんも含まれていたということでした。

事実上、1型糖尿病患者さんの要素を多く持つ人たちで多く発生していたということです。


トリガーとなるイベントはなんらかの突発的な病気、食餌あるいは水分摂取不足、インスリン投与量の不足、そしてアルコール摂取の既往です。

その後、2015年5月にはヨーロッパのEMAによる発表で、推定SGLT2阻害剤投与2型糖尿病患者50万人のうち、101例のケトアシドーシス症例が報告されています。

すべてのケースが入院治療を余儀なくされていますが、少なからぬケースで血糖値は中等度の上昇でした。


ご存知の通り、通常の糖尿病性ケトアシドーシスでは血糖値はむちゃくちゃ高いのです。

250mg/dl以上であり、典型的には 350~800mg/dlです。

それに対して、SGLT2阻害剤投与中の患者さんに発生するケトアシドーシスでは血糖値は300mg/dl程度で発生する場合が多いのです。


この理由として、当然ながら血糖の多くがSGLT2阻害剤の作用により腎臓から失われているということがあります。

実際は普通のケトアシドーシスと同じようなケトン産生の増強とバッファー機能の喪失が起こっているにもかかわらず、それを示唆する大事な予兆である高血糖は見えなくなっているのですね。


具体的にはどのぐらいの血糖を喪失するのか?

SGLT2阻害剤は尿の中に血糖を排出してしまう(正確には再吸収を阻害する)薬ですから、これを服用すると血液中の血糖を失います。

その血糖喪失の程度ですが、標準的なヨーロッパ人男性であれば食事からの糖質摂取量の17~34%、女性であれば22~44%を失うと計算されます。


これは日本人においてはさらに顕著で、男性で47%、女性では57%の糖質を失うと考えられました。

(糖質摂取量を50%として計算した場合です。)

ここの記述を見ると、日本人女性がもっとも薬剤による糖質喪失の影響が大きくなります。


ここだけでシンプルに考えれば、1型糖尿病の日本人女性がSGLT2阻害剤を使った場合、SGLT2阻害剤使用中のケトアシドーシス発生はもっとも症状がマスクされやすい(血糖値が低いままで危険性が高くなっているのが見えない)ということになります。


ここでこのレビューの中に記載されていた関連事項です。

実はこのような血糖値のあまり高くないケトアシドーシスはこれまでにも1型糖尿病患者さんで報告されていて、患者さんのほとんどは若者で、しかも2/3は女性であったということでした(1973年のレビューより)。

これらのケースでは炭水化物の摂取量も少なかった上に、インスリン投与量も少なかったようです。



ここ、私、すごく気になりました。

「1型糖尿病の日本人女性」の場合、

このケトアシドーシス発症がマスクされやすいだけでなく、

起こりやすいのではないかということを感じたのです。




<SGLT2の発現は筋肉においてもある程度認められる>

男女で、そして欧米人とアジア人で薬の効果が顕著に異なってくるのはいったいどういう理由なのか?


この論文中では

In general, depending on body size, glomerular filtration rate, and degree of hyperglycemia, SGLT2-induced glucose loss can make up a substantial fraction of daily carbohydrate availability.

ということで、体のサイズ、糸球体ろ過率、及び高血糖の程度に応じてSGLT2阻害剤によって喪失する糖質量が変わってくるとされます。

体の小さな日本人女性でSGLT2阻害剤の効果はもっとも強く出るというわけです。

繰り返しになりますが、痩せている日本人女性の場合、血糖値の異常が見えてこないので、ケトアシドーシスへ近づいている状態にあるのに、それが非常にわかりにくくなる可能性があります。



さて、英文レビュー論文の情報とは別に、私自身もBioGPSでSGLT2の遺伝子であるSLC5A2の組織別発現変動を見てみました。


SGLT2 expression profile.png

見ていただいて分かるように、圧倒的に発現が高いのは腎臓です。

確かにSGLT2は腎臓の尿細管膜で発現していて、糖の再吸収にかかわっています。

SGLT2阻害剤の効果もそれをブロックするものです。


しかし、ですね。

残った臓器の中でこの分子の発現が高いものはどれか?

骨格筋(筋肉)、骨髄、心筋です。


もしも骨格筋などに発現しているSGLT2が何らかの役割を果たしていて、それが阻害されているとしたら?


ここ、気になります。

しばらく前に私は以下のような記事を書きました。


糖尿病性ケトアシドーシスと糖質制限によるケトーシスの違い
http://xn--oqqx32i2ck.com/review/cat29/post_264.html
2017年5月28日にアップ

この記事の中でのわたしの考察では、

「1型糖尿病患者で何らかのイベントでインスリンが枯渇して、このために筋肉でのGLUT4の発現が誘導できなくなった筋肉細胞内で嫌気的解糖により乳酸蓄積が進み、このために筋肉組織内の重炭酸イオンバッファーが消費されて、血中のバッファー機能が失われ、ケトアシドーシスが起こりやすくなるのではないか?」

というものです。


ここでもう一つの仮説です。

「もしも筋肉で発現しているSGLT2が筋肉にブドウ糖をとりこむ役割を一定程度果たしていたとしたら、それをSGLT2阻害剤でブロックしてしまったら筋肉組織内へのブドウ糖のとりこみはますます阻害されるはずである。
すると、なんらかのイベント時の乳酸蓄積と重炭酸イオンバッファーの喪失はさらに加速されるのではないか?」

という風に考えることもできます。


筋肉に発現しているSGLT2の機能をブロックしてしまうことが筋肉組織内のバッファー機能を速やかに枯渇させ、ケトアシドーシスを誘導してしまうとすると、以下の事実がさらに重くなります。

男女、あるいは人種(人種という言葉に差別の意味は込めておりませんのであしからず)によって大きく異なるものは「筋肉量の差」です。


痩せて小柄な日本人女性の1型糖尿病患者がSGLT2阻害剤を使った場合、喪失する糖質量がもっとも高くなる、それに加えて筋肉によるアシドーシス補正バッファー機能も非常に低くなる、という可能性があるわけです。

やはり

「痩せた(小柄な)筋肉量の少ない日本人女性で1型糖尿病の患者さんがSGLT2阻害剤を使うことはもっとも危険である。」

という考えに結びつきます。




<SGLT2阻害剤使用中のケトアシドーシス発症を防ぐには>

さて、この英文レビューの臨床応用の部分に移ります。

SGLT2阻害剤使用中のケトアシドーシス発症を防ぐ方法についての提言がありました。


1.2型糖尿病患者ではレアケースですが、1型糖尿病患者ではSGLT2阻害剤使用中のケトアシドーシス発症の可能性が高くなります。

2.血糖値はSGLT2阻害剤で低く抑えられますので指標になりにくいです、血中ケトン体濃度のこまめなチェックが重要です。

3.感染症、けが、インスリンの使用量を減らした時の体調不良には特に注意する必要があります。(アシドーシスへの移行を体調変化として感知するためです)

4.1型糖尿病の患者さんがケトーシス状態を維持しているときにはより簡単にこの中等度の血糖値上昇を伴うケトアシドーシスを起こしやすいことをリマインドする必要がある


ということです。

以下は私からの提言です。

5.1型糖尿病患者さんで、特に体重の少ない女性や小柄な年配の方の場合、SGLT2阻害剤の使用には慎重になっていただきたいなと思います。

6.1型糖尿病患者さんがこの薬を使う場合は、体調の変化に常に注意を払い、血中ケトン値をまめにチェックし、ケトン体濃度が急激に上がる場合にはそれを止める方向で管理すべきだと思います。

7.1型糖尿病患者さんは厳しい糖質制限でケトーシスを維持しながらこの薬は使うべきではありません。少なくとも、2型糖尿病の人よりはずっと低いケトン体値で管理しておく方が安全だと思います。




異論はさまざまあるかもしれませんけれども、以上のようにまとめさせていただきます。



2017年6月29日 04:17

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コメント(2)

興味深く読ませていただきました。
2型糖尿病で、カナグル服用。朝ビクトーザ0.9単位、夕食前にトレシーバ6単位を売っております。
freestyleリブレを使うようになってから、食後血糖値が気になり、糖質制限をもう少し徹底しようと考えました。
江部先生のブログを読むと、糖質1gに対して血糖値が3くらいアップするとありますが、私の場合は4を少し超えます。上記薬と注射をした状態でです「。
なので、糖質は20gでも血糖値の目標、できれば140以下に抑えてたい、に対して多いくらいです。
実際3日間ほど、バーンスタインの朝6g、昼12g、夜12gにプラスしてタンパク質の管理もしたところ、血糖値は75から140の間に収まりました。何よりも、今までちょくちょくあった低血糖も消失しました。
ところが、色々調べていると、正常血糖値のケトアシドーシスの症例を知り不安を覚えました。
昨年の月刊糖尿病12月号も取り寄せて、読んで見ました。
私はただの患者なので自分のことを主に考えています。
この雑誌の編集委員の先生の方々のお名前が、糖質制限を巡って、糖質制限推進と慎重派(アンチ糖質制限)論争を繰り広げている方々でした。
正常血糖といっても300以下というのには、素人としては驚きました。言葉の印象では100くらいでも起こっているとイメージしてました。
『厳格な糖質制限』という表現がよく出てくるのですが、筆者によって、厳格を意味する量が明確でありません。
DKAの多い症例、60-69歳、BMI26-28、の患者増に当てはまります。スーグラ服用から3年弱の長期服用というところが違うところです。やせ薬と聞いていましたが、最初の3ヶ月で2kg減のあと減少は止まりました。
 幸いなことに、freestyleリブレはケトン体の計測が可能なので、今後も糖質制限、一応安全を見て1日60gくらいにして続けようと思っています。
 今後も参考になる記事お待ちしております。
 SGLT2阻害薬を巡る論文が、糖質制限の代理戦争になっているような気がします。早々に慎重派の方々は白旗をあげて糖質制限に向き合ってほしいと個人的には希望してます。

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そういうところでいちいち、しかし、例外はあります、とか言って全ての人に配慮した注釈を付けると、読む側もメッセージがなんなのかわからなくなります。

したがって、読まれた方の立場次第では、その記事では自分の存在を無視されているように感じる、配慮が足りないと感じられる記載内容があり得ます。
その場合、その記事はほかの人に向けられた記事であると、スルーしていただけたらありがたいです。

よろしくお願いします。

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