糖質制限が心血管疾患に及ぼす影響の大規模研究の結果の解釈について
日本の新聞の科学関連のニュースというのは、私は基本的に信頼していません、必ず情報源の論文や学会の抄録を確認しますし、その関連文献も読みます。
というのも、私自身、何度か新聞の取材を受けたことがありますが、発表された内容は私の説明したことと全く関係のない話にすり替えられていることがあるのです。
ただ単に素人の噂話みたいなものに置き換えられていて、新聞記者の意見が入って、科学的には何の根拠も記述されずにそこに私の所属と名前が出されている、というもの。
なんのために山ほどの質問をしてメモを取って行ったのかが全く理解できないです。
・・・というものを何度か経験したのでね。
Low carbohydrate-high protein diet and incidence of cardiovascular diseases in Swedish women: prospective cohort study
この論文で糖質制限食の危険性が指摘されているという記事が読売新聞に踊っていましたが、しょせん、新聞記事だからなとそういう目で見てしまいました。
そもそも、この論文自体、以前に読んでいて(無料公開されているので英語の原著が誰でも読めます。)、疑問点の多々ある論文だからこのサイトでは触れていませんでした。
(江部先生が関わっていたM3か何かのサイト上の「糖質制限是か非か」のディベートに反論コメントを書いている先生が拠り所として紹介されていたので読ませていただきました。)
非常に誤解と偏見を誘導する内容の論文ですから。
でも、読売新聞からこう言うニュースの形で紹介されて、私が糖質制限していることを知っている人から「こんなニュースがあるけど?」というご心配のメールをいただきました。
これはいけません、ニュースを見て誤解した人が糖質制限している人にやめさせようと働きかけて来たら迷惑です。
そういうことがおきないように、書いておきます。
まず、記事はこちらです。
低炭水化物ダイエットご用心...発症リスク高まる
読売新聞 7月8日(日)9時52分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120707-00000554-yom-sci
炭水化物を制限する食事を長期間続けると、心筋梗塞や脳卒中になる危険性が高まるとの研究を、ハーバード大などのグループが英医学誌「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル」に発表した。
炭水化物を減らすダイエットが日本でも広まっているが、慎重に取り組む必要がありそうだ。
同研究グループは1991~92年、スウェーデンの30~49歳の女性4万3396人の食生活を調査し、その後平均約16年間、心筋梗塞や脳卒中などの発症を追跡調査した。
1270例の発症例を、炭水化物とたんぱく質の摂取量によって10段階に分けて分析。炭水化物の摂取量が1段階減り、たんぱく質の摂取量が1段階増えるごとに、それぞれ発症の危険が4%ずつ増えた。一般的に炭水化物を制限する食事では高たんぱく質になる傾向がある。低炭水化物・高たんぱく質のグループでは、そうでないグループに比べて危険性が最大1・6倍高まった。
読売新聞の記者さんがこの原著論文を最初から最後まで本当に読んだ上で紹介しているのかどうか知りませんが、この研究にはそもそもいくつかの問題点があります。
原著論文はこちらから読めます。
⇒ Low carbohydrate-high protein diet and incidence of cardiovascular diseases in Swedish women: prospective cohort study
たくさんある問題点のうちのいくつかを紹介しましょう。
1.その食事をどのぐらい続けたかの記録が一切ない
まず、この被験者たち(スウェーデンの中年女性)の食生活に関して言えば、1991年から1992年にかけて、アンケートにより、その時点でどんな食生活をしているかを尋ねたものが唯一の根拠とされています。
そして、その後、15~16年間にわたっての心血管系の病気の発症の観察だと言っていながら、その食生活を継続していたかどうかのアンケートはただの一度もなされていないのです。
「低炭水化物食をしています。」あるいは「低脂肪食をしています。」と答えた人が、その後その通りの食事をずっと続けたという保証は一切ないのです。
でも、「アンケート後の15年間、解答者たちはずっと最初に答えたとおりの食事を続けているものとする」という前提の上でこの論文の研究がスタートしています。
・・・考えてみてください、あなたは15年前とずっと同じ食生活続けていますか?
(30歳の時と45歳の時とで食べ物の嗜好は全く変わらなかったですか?)
私は最初に読んでみてその「前提論理の飛躍」にあっけにとられました。
だから、その時点でこの論文のことを「信頼できない論文である」と解釈して、その後も気にしていなかったのです。
読む人が読めば評価に値しないことがすぐわかるので(笑)。
2.食事法のグループ別のBMIなどのバイアスになる因子に関して公表されていない
1991~1992年と言えば、欧米ではすでに「低炭水化物食」が肥満解消に効果的だとよく知られていたころです。
その時点で「低炭水化物食」を選択している人はすでに肥満していて痩せなければならないと考えている人が他の食事形式の方に比べて大勢含まれている可能性があります。
少なくともそれはアンケート回答時点でのBMIを、食事法別に区分けされたグループごとに比較することである程度推計できるでしょう。
(かつて肥満だった人で低炭水化物食で痩せた人も含まれているかもしれませんが、そこまで調べるのは無理でしょうから要求しません、自己申告では見栄もはるでしょうから(笑))
ところがこの研究ではそれ(食事内容区分別のBMI)をなぜかまったく公表していないのです。
全体のBMI区分は出していますが、それも非常にアバウトな区分なのです。
BMI25未満が3万1380人(72.3%)、BMI25~29.9が9532人(22.0%)、BMI30以上が2484人(5.7%)という区分のみで、そしてそれを基に統計上の調整はしたよ、となっています
ということは、「低炭水化物食」をしていると回答した人が肥満、あるいは痩せるべき健康上の問題をすでに持っていたかもしれないという背景因子を(わざと?)取り除かないで統計処理している可能性が否定できないのです。
そして、もしも、そういう人たちが「低炭水化物食」継続に挫折して、メタボっていたとしたらどうでしょうか?
メタボっている可能性は「低糖質ダイエットを目指していて挫折した人たち」での方が、一般の集団より高いのではないでしょうか?
そういう集団なら当然ながら心血管系のイベントは起こりやすくなりますよね?
だから、グループごとの細かいBMIの正確な値、開始時だけでなく、出来れば毎年、少なくとも15年後、あるいは死亡時のBMIも読者に示してその上で統計を補正するべきだと思うのです。
3.炭水化物の質、脂質の内容(質)や摂取量、塩分摂取量についての統計がない
この論文で比較されているのは「低炭水化物・高たんぱく」と「高炭水化物・低たんぱく」の両極端の食事内容を左右において、「炭水化物とタンパク質の摂取比率」だけで区分しています。
ひとくちに炭水化物と言っても精製度の低いと高いの差もありますし、それによって健康に及ぼす影響は変わってくるというのもよく知られていることです。
唯一、タンパク質の質についても考慮してありますが、それは動物由来のタンパク質を一日40g以上摂取する群とそれ以下の群に分けただけというアバウトなものです。
そして、「塩分摂取量」と「脂質摂取量」に関する記載がありません。
もちろん、脂肪酸の質の問題にも触れていません。(アンケートですから限界はありますが)
どうしてそれらの「タンパク質と炭水化物の量以外の食材」の多寡や質によるバイアスを考慮しないのか、これもまた不思議です。
4.そもそもアンケート結果がまったく信頼できない 自己申告の摂取カロリーが異常に低い
アンケートはスウェーデンの30~49歳の女性からの回答によるものですが、アンケート結果を基にした彼女たちの一日摂取カロリーの平均は1561kcalです。
ずいぶん低いですねえ。
おそらく「日本人女性の糖尿病食」並みに低いカロリーしか摂取していない全体集団ということになりますね。
これが事実だとすれば、スウェーデンの30~49歳の女性って少食なんですね、きっと日本人の18~25歳の女性よりもずっと華奢で、細くて小さいのでしょうねえ。\(^o^)/
ちなみに、このときに別の統計で推定された1991~1992年のスウェーデン人成人の一日摂取カロリーは推定2990kcalです。
30~49歳の女性だけがこんなに少ない摂取カロリーなのに平均が2990kcalだとすると、そのほかの男女は毎日平均4000kcalぐらい食べているのでしょうねえ。\(^o^)/
・・・ありえないでしょ。(-_-)/~~~ピシー!ピシー!
私はスウェーデン人に何人か友人がいますけど、男も女もみんな背が高くてがっちりしてますよ、日本人に比べればずっとたくさんの摂取カロリーを必要とするはずです。
こんな信頼できないアンケート結果、それを前提に15年間ずっとそういう食事をしたと考えてとった統計研究。
信用に値するでしょうか??
このこと(自己申告摂取カロリーの異常な低さ)は原著論文に対するコメントにも書かれていました。
⇒ Recent Rapid Responses
この論文の持つ矛盾点を書き出せばもっといろいろ、きりがないです。
この記事を書くために改めて読み直してみたのですが、やっぱりこれは論文としては、お粗末。
糖質制限に限らず、食事療法の長期効果については、様々な要因すべてに配慮して、もっと細かい客観的な観察による評価が必要です。
結論(わたしの)
この論文は「信頼に値しない独りよがりな解釈の論文」です。
同じデータを別の人が扱えば別の答えになると思えます。
BMJのeditorさん、この論文に関して自分の意見を述べていますが、そもそもその知識が微妙です。
editorさんの記事に、「低炭水化物食では食物繊維とビタミンとミネラルが不足する、・・・中略・・・だからこれらのリスクファクターが組み合わさった今回の結果も納得できる。」と言う論調がありました。
原文はこちらです。
Low carbohydrate-high protein diets
BMJ 2012; 344 doi: 10.1136/bmj.e3801 (Published 19 June 2012)
Cite this as: BMJ 2012;344:e3801
A low carbohydrate diet implies low consumption of wholegrain foods, fruits, and starchy vegetables and consequently reduced intake of fibre, vitamins, and minerals. A high protein diet may indicate higher intake of red and processed meat and thus higher intake of iron, cholesterol, and saturated fat.
These single factors have previously been linked to a higher risk of major chronic diseases, including cardiovascular disease, in observational studies, so it is not surprising that this combination of risk factors is linked to a higher incidence of disease and mortality.
笑っちゃいますよね。
食物繊維、ビタミン、ミネラル。
その三つの適切な摂取に関して配慮してない糖質制限実践者なんか、いまどき世界中のどこにもいません、いるとすれば否定派の妄想の中だけでしょう。
このeditorさんたちの「低炭水化物ダイエット」に対する知識は、1980年代のアトキンスダイエットが流行していたころの時点で止まっているのではないでしょうか。
読売新聞の記者さんも科学論文を自分で読んで判断する力がある人だったら、こんな論文を引用するニュースなんか書かなかったでしょう。
この記事を書くに当たり、BMJの原著、サイトのRapid Response(読者からのコメント)のみならず、以下のホームページやブログを参考にさせていただきました。
Medical Tribuneの山田悟先生のホームページで図表も日本語化されて詳しくまとめてあります。
⇒ 糖質制限食をめぐる議論の沸騰<1>
低糖質・高蛋白質摂取で心血管イベントが上昇!?
低糖質ダイエットで今や日本でもっとも有名な江部先生のところでもやはり本日、取り上げられていました。
⇒ 低糖質・高蛋白質摂取で心血管イベントが上昇!?という論文を検討②
ただしこの記事の文責は私にあり、内容に山田先生や江部先生の意志が関わっているわけではないことをお断り申し上げておきます。
スポンサードリンク 2012年7月 9日 17:36 スポンサードリンク
はじめまして。
本日、先生のブログを発見し、感激しながら読んでいました。
私は食後に血糖値が上がるいわゆる「かくれ糖尿病」で、数年前から糖質制限をしています。
夫(まだ結婚していませんが(^^;)は空腹時血糖340mg/dl、HbA1c11という状態が糖質制限のおかげで薬なしで正常値になりました。
この手の論文は私も出来るだけチェックするようにしています。
疫学調査はもともと難しい点が多いと思いますが、先生も書かれているようにこの論文も「糖質制限=心血管イベントの増加」と結論づけるのは短絡すぎると思いました。
他の論文でも、
・炭水化物を減らした結果、肉類が増えた(赤肉、加工肉)
・高血糖グループ以外が被験者になっている
・白人が対象
などといった特徴がありました。
野菜、魚、大豆食品などを多くとればきっと健康に結びつくと思っています。
これからもブログ楽しみにしています。
よろしくおねがいいたします。
モカさん
モカさんもご主人(ご予定)も糖質制限されて、成功されているんですね、おめでとうございます。
薬を使わないで食事に気を配るだけで糖尿病の諸症状から免れることができるのであれば、これに越したことはありませんからね。
医療費も下がりますから国にとってはいいことです。
我々医療関係者や製薬関係者も、もっと別のところで収入を増やすことを考えなくてはならないと思います。
って脱線でした。
この手の論文に関しては、わたし、こういう記事も書いています。
能登先生の発表の食事内容を具体的に紹介しましょう
http://xn--oqqx32i2ck.com/review/cat6/post_159.html
良かったらご一読ください。
ご返事ありがとうございますo(^0^)o
先生も書かれているように、医療経済性を考えても糖質制限はとても優れていると思います。
糖尿病による国民医療費の増加は深刻な問題です。
医療行政はもっとこれを推奨してもいいかと思っているのですが。
糖質制限と言うと何かとても特別で窮屈なイメージを受ける人が少なくないかと思いますが、人間の本来の食事に近付いているだけだと思っています。
現代社会は糖質が多すぎます。
糖質は一種の快楽物質だと思います。
でも私もご飯大好きです。
先日はとても美味しいコシヒカリの(禁断の)おにぎりを夫と楽しみました。
ちょっとした「非行」ですね。
記事拝読しました。
わかりやすいです!
ビックマックと牛丼。
こういう説明っていいですね。
高血圧にナトリウム感受性があるように、糖質をたくさん摂っても血糖値は上がらない人も多いと拝読しました。
テーラーメイド医療という言葉がありますが、個々人がいかに健康にQOLの高い人生を送れるかが大切かと思っています。
その一つの選択肢として糖質制限はとても大切だと思っています。
これからもよろしくおねがいいたします。
モカさん
穀物を作らせてそれを食べて得られる糖質摂取の快感を報酬として支配する側が与える人心掌握。
それが歴代の統治者が選んできた方法(メカニズムを知っていたわけではないけれども結果は良く知っていました)というわけですよね。
われわれは理解した上で毒物摂取の快感を楽しみたいものです。
糖尿病でないことが前提ですけど(笑)。
先生のブログや糖質制限の本をなど読みなおして2日取り組んで見て体重 BMI 体脂肪率などすこしですが下がりました
体重が減ってもなかなかBMI など今まで変化なかったのですがすぐ体重計の数値が変わりました 前回糖質制限取り組んだ直後にちょうど24時間蓄尿して結果を見た主治医の先生から(食べ過ぎといわれてしまいました)せっかくここまで持ってきたのだからタンパク質制限しましょうといわれてすでに主食たべてなかったしあまり食べたくなくなっていたのでサラダをたくさん食べてあとおかずをたべるようにいつしかなってました いま思えばサラダでいつもおなかいっぱいのときが多かったような気がします 最近主治医の先生が代わりやれればもちろんいいけどまだ大丈夫だから薄味のお料理だけ心がけてあとはまたゆっくりでいいからと言われました
それぞれの先生が考えてくださってることが多分自己流になってしまって
今回ほんとうにいろいろ教えて頂いて感謝しています 一口30回が予想以上に大事なことだとおもいました
また勉強させていただきます ありがとうございます
ぴかこさん
ぴかこさんは何か一つに絞ってそれだけに集中した方がいいように思います。
「噛むだけダイエット」
すごくいい本なので、3回は読み直して、それに絞ってみてください。
大事なのはブレないことです。
ありがとうございます こんなに的確に言っていただいたの初めてです 健康オタクで本とか読みすぎて 自分でもわかって
るのでが 次々と気が移ってしまいます 噛むだけダイエットはほんとにわかりやすくて 紹介していただいてよかったです
やってみます ありがとうございました
ぜひ、楽しくシンプルに続けてくださいまし。