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マウスを使った糖質制限研究の全く異なるふたつの結果



糖質制限でわれわれ中年のメタボなオッサンが非常に快調に痩せることはまごうかたのない事実です。

日本糖尿病学会がなんと言おうと、「低糖質高脂肪食」が圧倒的に効率よく、しかもヘルシーにメタボ親父の減量を進めて、血糖値を下げて、肝機能を正常化して、血圧を下げて、元気も見かけも取り戻してくれます。


でも、そのやせるメカニズムについては必ずしも詳細に解明されているとは言えません。

人間を使って、しかも毎日の食事の改善での影響を分子レベルで観察するというのは非常に難しい。

だから、マウスなどの実験動物を使った研究がなされて、何をどのぐらい変更したらどんな結果が出るのかを調べます。


ただねえ、これはあくまでも「実験動物」の結果であって、その結果が人間でも同じことを反映しているのかどうかはわからないのです。

ときには、その実験の設計ミスの性で科学者が間違ってしまい、世界中のヒトの健康に悪影響を与えることもあります。

その最たるものはコレステロールに関する実験です。

最初に、コレステロールの食べすぎが心臓や血管に悪影響を及ぼすという実験が行われたのは、草食性のウサギに卵を無理やり食わせての結果でした。

まあ、そのことはまた別の記事で。


今回は、もっともよく用いられる実験動物であるマウスにおける「低糖質ダイエット」の研究結果についてです。


一つ目の研究は2007年に報告されたものです。

Kennedy氏らによる研究で、American Journal of Physiology Endocrinology and Metabolismに掲載されたものです。

A high-fat, ketogenic diet induces a unique metabolic state in mice
    Adam R. Kennedy1,
    Pavlos Pissios1,
    Hasan Otu2,
    Bingzhong Xue1,
    Kenji Asakura1,
    Noburu Furukawa1,
    Frank E. Marino1,
    Fen-Fen Liu1,
    Barbara B. Kahn1,
    Towia A. Libermann2, and
    Eleftheria Maratos-Flier1
AJP - Endo June 2007 vol. 292 no. 6 E1724-E1739
http://ajpendo.physiology.org/content/292/6/E1724.long

マウスの実験研究の中でも最もよく使用される純系マウスであるC57BL/6系統のマウスに、無糖質高脂肪食を食べさせたというものでした。

この実験では、人間の低糖質高脂肪食同様に体重減少が認められて、マウスにおいても低糖質食が体重減少に効果的であるという研究報告でした。


ところが、先日、 に掲載されたBorghjid氏らの研究では、同じC57BL/6マウスを用いて無糖質高脂肪食を食べさせたところ、

体重減少するどころか、肥満し、脂肪肝や異所性脂肪沈着も激しい状態が引き起こされたという報告が出ました。

Response of C57Bl/6 mice to a carbohydrate-free diet
Saihan Borghjid and Richard David Feinman
Nutrition & Metabolism 2012, 9:69 doi:10.1186/1743-7075-9-69
Published: 28 July 2012     
http://www.nutritionandmetabolism.com/content/9/1/69/abstract


同じマウス系統を用いて同じ低糖質食なのに全く異なる結果がどうして出たのでしょうか?

実は、二つの実験では糖質以外の栄養比率が異なりました。

糖質オフがマウスにおいても減量に効果的だとしたKennedy氏らの論文ではカロリー比でタンパク質5%、脂質95%のほとんど脂質の食事でした。

それに対して、糖質オフにしたら逆に肥満マウスになってしまったとしたBorghjid氏らの実験では、カロリー比でタンパク質20%、脂質80%の食事でした。


難治性てんかんの治療のケトン食ではほとんど脂肪という食事だったりしますので、Kennedy氏の実験はこちらを意識したデザインです。

タンパク質20%で脂質80%というのは低糖質ダイエットの極端な人が目指すものですね、昔のエスキモーの方々の食事にときに起こりうる状況でもあります。

人間ではタンパク質量が5%でも20%でも、糖質を完全にカットすれば痩せます、どちらにしても、カロリーを取りすぎなければ。

ところがマウスでは、タンパク質の比率次第でまったく異なる結果が出ているわけです。



このことは、肥満、糖尿病や糖質制限ダイエットのメカニズムを科学的に理解するにあたって、二つのことを教えてくれます。


ひとつめは、

低糖質(糖質制限)ダイエットや糖尿病のメカニズムの研究をするのに、マウスを使っていても直接の答えは出ないということです。

マウスと人間は食性が全く異なる生き物なので、同じものを食べさせても反応は異なるのです。

これまでの多くの研究結果もまたまったく違う栄養代謝経路を持つマウスの結果であるものとして取り扱わねばならないということを再認識させてくれた実験でした。


人間の栄養摂取による健康や病気への影響を調査するには、人間を使って大規模で長期にわたり、影響力の強い研究を強力に推し進めるのが理想であること。

その場合、摂取した食物がどのように代謝されるのかを、有毒性の低い方法でトレースする方法を確立する必要もあるでしょう。

さもなくばマウスやラットやウサギではなくて、人間に近い食性の動物モデル(肉食のサル)を樹立して、それを使わなければならないということです。

(適しているのはヒヒかもしれませんね、けっこう扱いの難しい生き物です(^_^;)。)



もうひとつは、

栄養成分が健康に及ぼす影響を調べるには、様々な比率で栄養素を組み合わせて調査してみる必要がある、ということです。

たとえば、30%のカロリーを糖質から摂取する緩い糖質制限食と、5%のカロリーを糖質から摂取する厳しい糖質制限食。

あたかも前者の先に後者が存在するかのような、だから前者の影響を視れば後者の結果が推測できるかのような論調の疫学的解析の論文がありますが、出来事は同じ延長線上には乗ってこない可能性があるということです。

もっと具体的に言えば、30%の糖質制限で心血管系リスクが高まるという結果が出たからと言って、5%ではさらにそのリスクが高い、なんていう推測は成立しない可能性が十分にある、ということです。

実際に、いくつもの条件を振って、どのバランスが良いのかの検討を厳密に行わなければならないのです。


人間での栄養摂取の影響を理解するためは、慎重で、かつ難しい研究デザイニングが必要であるということをあらためて教えてくれた研究でした。

長期的な影響については、本当に、どうやって研究していったらいいのか、難しいですね。



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2012年8月28日 00:57

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