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内臓脂肪とインスリン抵抗性と慢性炎症と熱ショックタンパク質に関して その2


数日前の記事、今回と同じタイトル(内臓脂肪とインスリン抵抗性と慢性炎症と・・・)その1の続きです。
http://xn--oqqx32i2ck.com/review/cat26/post_111.html


今回はヒートショックプロテイン(熱ショックタンパク)について書いてみました。

長くなってしまって、その3に続くことになり、今回は熱ショックタンパクの前半、その2です。


熱ショックタンパク(ヒートショックプロテイン; hsp)、これはものすごくたくさんの種類があります。

いくつかにグループ分けされていますが、熱ストレスを与えると発現が亢進するタンパクの中で、そういうストレスに対抗する機能を持つ分子群の総称だと考えていただいて結構です。

機能という観点からひとくくりにされていますが、グループが異なると構造も発現制御に関わる転写調節因子も全く異なるものになり、作用メカニズムを考えると全然別のことを担当していると考えておく方がいいでしょう。

一言でくくられるけれども全く異なるものを含んでいる、ということです。

(マウスもラットもカピバラも全部ひっくるめてげっ歯類、と表現するのよりもさらに異なります。・・・って例えが不適切かな(笑))



さて、質問いただきました「熱ショックタンパクがインスリン阻害物質を阻止するような説」

と言われても漠然としているので、どのhspの話を指しているのかがよくわからないのですが、

質問されているのはそのうちのどれか特異的なhspのことを、たとえばhsp72あたりに関するお話を指してらっしゃるのかな?
(熊本大学の荒木先生がしばしば講演されていますね)

と、勝手に解釈して、その話を後半(次の記事)で、それ以外の一般的な観点からの話をここで答えます。


熱ショックタンパクがインスリン抵抗性を阻害しているとして、可能性が二つあります。

hsp全般に、すくなくともhsp70の一群に関わるであろう一般論からまずは説明します。

それは、ヒートショックプロテインが内臓脂肪の慢性炎症(つまりインスリン抵抗性を上げる元の原因)を抑えるという可能性です。


hspは本来、生きている細胞から分泌されるものではなくて、細胞の中でさまざまな分子信号伝達の一角を担うシャペロン分子のひとつとして働いている物質と考えられてきました。

上に上げたインスリンの信号伝達経路とは基本的に異なるものです、細胞の生き死にに関わるもっと根源的な機能です。

(他の多くのヒートショックプロテインもそうです)


そして、細菌から人間に至るまで、さまざまな生物でその存在はかなり共通していますし、分子構造も似ています。

つまり、細菌の熱ショックタンパクと人間の熱ショックタンパクは非常によく似ているというわけです。

ひょっとしたら人間の免疫系が見分けることができないのではないかというぐらい、構造は似通っています。


まさしくその観点から、hsp70系の分子は当初、自己免疫疾患の引き金になるのではないかと考えられて研究されました。

(自己免疫疾患とが、異物とよく似た構造の自己免疫を異物と勘違いして攻撃してしまう病気のことです)

ところがあにはからんや、その研究から意外なことが分かってきました。


元ネタはこちらの総説です。

Theanti-inflammatorymechanismsofHsp70
ThiagoJ.Borges et al.,
Front. Immun., 04 May 2012 | doi: 10.3389/fimmu.2012.00095
http://www.frontiersin.org/Inflammation/10.3389/fimmu.2012.00095/abstract

英語に抵抗がなければどうぞ、わかりやすいですよ。



免疫というものは、抗原提示細胞という細胞が取り込んだ抗原をリンパ球に提示して、しかも同時にどのような反応をすべきかをTリンパ球に指示することによって進むと考えられています。

(ここでは獲得免疫と言ってリンパ球が行う免疫を指して話を進めさせてください、そうでない自然免疫という概念もあります、それは昨年度のノーベル賞の内容ですね。)

この抗原提示細胞がどのような指示を出すかを決める要因に「アジュバント」と呼ばれる物質による刺激効果があります。

たとえばアルミニウム塩の一種は「抗原提示細胞をアレルギー反応を進める方向に進むようにT細胞に指令を出す抗原提示細胞」に変化させる効果があります。


驚いたことに、ヒートショックプロテインが抗原提示細胞に働きかけると、その抗原提示細胞は「免疫反応を抑える方向に進むようにT細胞に指令を出す抗原提示細胞」に変化する可能性があることが分かったのです。

しかも、人間自身の細胞から出るものだけでなく、細菌から出てくるヒートショックプロテインも免疫系を抑制的に制御する方向に進めることができる可能性があります。

(細胞の中には免疫を活性化する分子も山ほどあるからまた話がややこしいのですが。)


つまり、ヒートショックプロテインが何らかの細胞から放出されるとそれを受け取った抗原提示細胞は免疫反応を抑制的に進める性質の抗原提示細胞になる。

この仕組みがあるのであれば、すべての炎症に対してヒートショックプロテインはそれを弱める方向に働きうるということになります。

だから、「内臓脂肪で起こっている慢性炎症」を抑制する方向にも働きうるだろう、そうすると、炎症性サイトカインの放出も減って、全身のインスリン抵抗性も低くなるだろう。

という風に考えることはできますね。

その観点から分泌型hspが自己免疫疾患を含む様々な全身炎症状態の治療薬になりうるのではないかという研究が現在進んでいます。


もう少し深く考察した英語の文献が読みたければこちらをどうぞ。

Heat-shock proteins induce T-cell regulation of chronic inflammation
Willem van Eden, Ruurd van der Zee & Berent Prakken
Nature Reviews Immunology 5, 318-330 (April 2005) | doi:10.1038/nri1593
http://www.nature.com/nri/journal/v5/n4/full/nri1593.html

やや専門的になりますが、本文中の概念図がとても分かりやすいです。


熱ショックタンパクの持つもう一つの可能性については記事その3で。


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2012年10月20日 13:42

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