ヒトの唾液腺アミラーゼの発現調節領域の疑問
狼から犬が生まれたのは、狼の中で「でんぷん食い」に適応した変異が出現したからである可能性が高い。
そういうお話の続き。
人のアミラーゼがなぜ唾液腺から分泌されるようになったのかについてです。
ただ、すみません、多くの人にとっては難解な話になると思います。<m(_"_)m>
興味のある方だけ「*****」で囲まれた部分の文章を読んでください。
中身をかいつまんで書きますと、
ヒトの唾液腺でアミラーゼが出ているのは進化における偶然の産物で、必然の産物ではないということ。
そして、ヒトはそれを有効に活用して・・・
では、難しい話に突入です。
*****
遺伝子が特定の臓器で発現するときには、その臓器で特異的に発現するための遺伝子発現調節システムというものがあります。
それはその遺伝子のゲノム配列の中で、主にその上流に存在する配列の構造により決まります。
(エンハンサー配列というものの影響もありますが、これは場所が様々です)。
これまでも書いてきたように、ヒトのアミラーゼ遺伝子には唾液腺で発現する物が3種類(アミラーゼ1A、1B、1C)と、膵臓で発現する物が2種類(アミラーゼ2A、2B)あります。
これらの遺伝子はアミノ酸配列が98%同じであり、遺伝子配列構造もよく似ていることから、一つの同じアミラーゼ遺伝子が複製されて分割することで増えてきたものと考えられています。
アミラーゼ遺伝子群の図
そこで、人間の5つのアミラーゼ遺伝子の発現調節領域を見てみると、面白いことがわかりました。
人間の「すい臓のアミラーゼの発現調節領域」には、膵臓で特異的に発現する調節領域の遺伝子配列が備わっています。
ところが、「唾液腺のアミラーゼの発現調節領域」には、妙なものが入っています。
「すい臓のアミラーゼの発現調節領域」が複製された基本構造のど真ん中に、レトロウイルス由来のトランスポゾンなどが入っているというのです。
さらに、「すい臓のアミラーゼの発現調節領域」にも実は別のトランスポゾン(γアクチンの偽遺伝子)が入っていて、それを破壊する形で別のトランスポゾン(レトロウイルス由来)が挿入された結果、唾液腺特異的な発現ができるようになっていたというのです。
どちらも偶然の産物の連続で、それぞれの臓器に特異的な発現をするようになったというわけです。
しかし、膵臓におけるアミラーゼの発現は哺乳類すべてに共通して見られる特徴です。
膵臓のアミラーゼの転写調節領域に入った最初のトランスポゾン(γアクチン)は、膵臓における発現調節を大きく破壊したわけではないのですね。
しかし、これが入ったことがレトロウイルス由来の次のトランスポゾンを入れやすくして、進化につながったことが考えられます。
アミラーゼ遺伝子の変遷の図
以上の図の出典はこちらです。
The Remarkable Evolutionary History of the Human Amylase Genes
Meisler & Ting
CROBM 1993 4: 503
http://cro.sagepub.com/content/4/3/503
用語を説明します。
レトロウイルスのトランスポゾンというのは人間だけでなく様々な生物のゲノム構造に組み込まれている、ウイルス由来の遺伝子です。
細胞分裂に伴う遺伝子複製に伴っていろんなところに飛ぶ可能性を持った遺伝子配列です。
これが遺伝子配列のあちこちに飛ぶときに、ついでに引き連れてくる遺伝子配列によって、その組み込まれた付近の遺伝子構造が変わってしまいます。
(もちろん、飛び込むことでもともとそこにあった配列も破壊するという効果もあります。)
このトランスポゾン、我々を含めた多細胞生物の進化に深く関わる可能性のある遺伝子配列です。
実際に我々の遺伝子ゲノムの過半数(70%程度)はこのトランスポゾン由来の配列で埋め尽くされていると考えられています。
もともとはウイルスの遺伝子が潜り込んだ痕跡が我々多細胞生物の遺伝子全体の変化に強い影響を与え続けている。
細胞構造に潜り込んだミトコンドリアのようなものと考えてもらってもいいかもしれませんね。
このトランスポゾンが、すい臓で発現する消化酵素であったアミラーゼを、唾液腺でも発現するようにたまたま変えてしまった。
そのような変化がある時期の猿の先祖で起こり、その末裔が人間だ、というわけです。
まったくたまたま、口の中で澱粉をオリゴ糖に分解する機能を我々は手に入れてしまったのだと。
唾液腺でアミラーゼが出るのは「進化の偶然」であり、必然ではないのです。
ゲノムに紛れ込んだレトロトランスポゾンのいたずらです。
*****
「偶然手に入れた唾液腺におけるアミラーゼ発現」
これこそが、人類の進化の立役者なのかもしれないと、今、私は思っています。
なぜならば・・・
ということで、話はさらに大風呂敷な別の記事へと進むのであります(笑)
⇒ 新世界より
http://xn--oqqx32i2ck.com/review/cat29/post_173.html
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