犬として生きる方が効率が良かった狼たち
狼の画像、Wikipedia Commonsから拝借しました。
人の唾液腺アミラーゼのコピー数の論文についての記事を書くに至った背景について書いてみます。
ふと思いついてストレートにあれにたどり着いたわけではありません。
まずこちらの論文を読んで、おや?と思ったわけです。
2013年の1月23日にオンラインのNatureに出た論文で、狼から犬がどうやって分かれてきたのか、そのときにどんな変化があったのかという話です。
Nature. 2013 Mar 21;495(7441):360-4. doi: 10.1038/nature11837. Epub 2013 Jan 23.
The genomic signature of dog domestication reveals adaptation to a starch-rich diet.
Axelsson E, Ratnakumar A, Arendt ML, Maqbool K, Webster MT, Perloski M, Liberg O, Arnemo JM, Hedhammar A, Lindblad-Toh K.
Source
Science for Life Laboratory, Department of Medical Biochemistry and Microbiology, Uppsala University, 75237 Uppsala, Sweden. Erik.Axelsson@imbim.uu.se
Abstract
The domestication of dogs was an important episode in the development of human civilization. The precise timing and location of this event is debated and little is known about the genetic changes that accompanied the transformation of ancient wolves into domestic dogs. Here we conduct whole-genome resequencing of dogs and wolves to identify 3.8 million genetic variants used to identify 36 genomic regions that probably represent targets for selection during dog domestication. Nineteen of these regions contain genes important in brain function, eight of which belong to nervous system development pathways and potentially underlie behavioural changes central to dog domestication. Ten genes with key roles in starch digestion and fat metabolism also show signals of selection. We identify candidate mutations in key genes and provide functional support for an increased starch digestion in dogs relative to wolves. Our results indicate that novel adaptations allowing the early ancestors of modern dogs to thrive on a diet rich in starch, relative to the carnivorous diet of wolves, constituted a crucial step in the early domestication of dogs.
犬の祖先が狼であることを否定する人はいないと思います。
では、なぜ、野生動物である狼が人間の家畜となったかというその理由のひとつが、でんぷん質の消化能力の向上にある、という理論です。
狼は、お腹が減れば植物質のものも食べますが、基本的には肉食です。
集団で狩りをして草食動物を食べるのが彼ら本来の食事であって、断じて人間の残飯を漁ることではありませんでした。
ましてや植物性のエネルギーである澱粉、つまり糖質を食べるのは好きではありません。
でも、その狼の中で、澱粉を食べる能力が高くなったものが出てきたのですね。
そういう能力の高い狼の子孫たちが、好んで人間の残飯を食べるようになった、人間にすり寄って餌をねだるようになったというわけです。
餌を恵んでもらうのは、野生動物を何日もかけて追いつめて捕えて食べるのに比べればずっと効率の良い食事です。
安定したエネルギーを確保した彼らは繁栄するようになります。
それが犬の始まリだというのですね。
その遺伝子変異による進化、というか多様性の獲得というか、オオカミから犬への変化を進めた遺伝子変異は複数のでんぷんの消化に関わる分子群に起こったとされるのです。
何か一つの遺伝子に起こった変異ではなくて、三つの段階に関わる遺伝子群にそれが発生しています。
論文から抜粋してみましょう。
The breakdown of starch in dogs proceeds in three stages:
(1) starch is first cleaved to maltose and other oligosaccharides by alpha-amylase in the intestine;
(2) the oligosaccharides are subsequently hydrolysed by maltase-glucoamylase20, sucrase and isomaltase to form glucose; and
(3) finally, glucose is transported across the plasma membrane by brush border protein SGLT1.
Here we present evidence for selection on all three stages of starch digestion during dog domestication.
(1)最初に重要なのが、大きな澱粉を荒く砕くαアミラーゼの作用の段階(小腸で)
(2)次の段階はオリゴ糖がブドウ糖などの単糖類に分解される段階(これも小腸ですね)
(3)そして、分解されたブドウ糖がグルコーストランスポーターで小腸刷子縁から吸収される段階
そのすべての段階で遺伝子変異が発生して「澱粉消化に適応した狼」が生まれて、それが犬として家畜化したという話です。
「澱粉消化に適応した狼」が、より楽に食料を手に入れる手段として人間の家畜になった、という話ですね。
これらの遺伝子群の、主にコピー数の増加によって狼の一部に澱粉を食べるのが得意な狼たちが生まれた、その子孫が犬だというのです。
そして面白いのがその変化が3万6千年ほど前から1万8千年ほど前の間の段階に起こったようだというのですね。
ここでもそうなんですね、3万年ほどのあいだに「コピー数の変化」という形で、新しい機能を獲得してライフスタイルが変わるという適応が発生しています。
これは農耕民族において唾液腺アミラーゼのコピー数が多いという変化と似ていますね。
・・・さて、実は、この論文において、私、上記の文章の次の文章に注意を惹かれました。
Whereas humans have acquired amylase activity in the saliva via an ancient duplication of the pancreatic amylase gene, dogs only express amylase in the pancreas.
人は膵臓のアミラーゼ遺伝子の分割により唾液においてもアミラーゼ活性を獲得しているが、犬ではアミラーゼはすい臓でしか発現されない。
人の唾液腺においてアミラーゼが発現していることは、小学生でも知っています(少なくとも日能研に通っているような受験生はね)。
ですが、それが進化の必然で獲得されたのではなくて、膵臓のアミラーゼのduplicationによって獲得されたというのですね。
「おや?この記述からすると、ヒトの唾液の中にアミラーゼが発現していることは偶然の産物なのか?」
そう思ってそこに関連する論文を探してみたら、・・・その通りのようなそうでないような、でした。
(・_・)ノ☆(*__)ハッキリシロ
それを調べた結果、あの記事が出来上がったわけです。
ただ、さらに詳しく調べて行ったときに、マウスと人間との比較だけで済むかなと思っていたら、文献を孫引きしていくと、この話、さらに猿属の進化の話までさかのぼって説明する必要がでてきました。
ということで、ここから先の話は、さらにマニアックになるので、別の記事にします。
好きな人だけついてきてください。(笑)
⇒ヒトの唾液腺アミラーゼの発現調節領域の疑問
毎回興味深く先生の記事を拝読しております。
当方、食後に眠たくなるため先生の等質制限の
ご研究をすこしずつながら実践しております。
さて博多ラーメンの注文方にバリカタ麺(麺の芯が生にちかい)がありますが、これベータでん粉とアルファの中間の
ようで、吸収がゆるやかで血糖値が急に上がらないように感じます。
誠にラーメンの誘惑に負けそうでなんとか代替案が
ないものかと迷っております。
カルピンチョ先生
こういうお話大好きです。
以前の「人類は植物に操られている」的なお話もワクワクしました。
糖尿病というカタルシスが存在するからには、
それに至る伏線や壮大なストーリーがどこかにあると思うのです。
サイトカインを言語、人体を社会と考えるならば、
やっぱり医学にも物語、あるいは有能な脚本家が必要だと思うのですよ。
続きを期待していまーす!
ビーグルさん
コメントありがとうございます。
なるほど!
バリカタはそういうことですか!
なるほど~、ふむふむ♪ (←うれしいらしい)
バリカタを超える「ハリガネ」あたりでいけばもっといいかもしれない
(・_・)ノ☆(*__)
いえ、すみません。
私個人的には、一か月に一度は食べてよいことにしていますが、
一年ほど糖質制限を続けると、誘惑はだいぶん弱くなりますよ。
ラーメン屋に行かない月も出てくるぐらいです。
是非、継続されてみてください。
pepitoさん
ありがとうございます。
マニアックで難解な話に収拾がつかなくなりそうでとどまっております。
わかりやすい話で書き直し中です(^_^;)。
がんばります
カルピンチョ先生
御返信ありがとうございます。
ハリがねという手もあったのですね、
先生のブログを参考にしつつ糖質制限は3週間目になりました。
おかげさまで血圧が150から130ぐらいに下がり
ウエストも70センチになりました。
ありがとうございます。(^^)
ビーグルさん
3週間で血圧が150から130!
いいですね、一気に正常値に仲間入り。
ぜひこのまま継続されてください、血圧は20代前半ぐらいの平均値まで戻せるかもしれません。
ラーメン、麺の固さで血糖値の上昇をコントロールするのはほんとに考えていませんでした。
はりがねはかなり消化悪そうですから、食後血糖値の上がり方から行けば一番なだらかですよね、きっと。
紹介しようと思って取ってある1980年代の論文で「よく噛んで食べると食後血糖値が高い」というのがあって、(噛む噛むダイエットのまったく逆なんですが、)糖質を食べるときには噛まないでいただくのが糖質セイゲニスト向きの食の作法のようです(笑)。
カルピンチョ先生
ご無沙汰しています。
糖質制限、一日一食、蒸留酒、ランニングをあいかわらず、選好しております。
自覚して飲むので最近は寝過しも減って大変助かりました。
所で、今年春から猫を飼っていますが、避妊手術を境に少しふっくらしてきたので、今まで何も考えず、キャットフードを与えていたのですが、もしやと思い、成分をよく見てみました。
ペットフードは表示義務が無いため、詳しく書いていないのですが、どうも炭水化物が50%程度入っている様で、少し高いプレミアムフードでも30%程度入っている様です。
肥満は人間とペットしかならない。野生動物は肥満にはならない、さらにペットでも猛禽類や爬虫類は冷凍マウスや金魚などを餌にしており、肥満にはならない。
近くで見かける野良猫でもペットフードをもらっているのか肥満猫もかなりの比率でいます。
安いペットフードは炭水化物を多くしてかさまししているようです。
犬はまだ、雑食と言われますが、特に猫は肉食で犬歯も鋭いですが、野生では米、小麦を食べる猫など聞いたことがありません。
猫はよく寝ると言われていますが、もしや糖質の取りすぎで眠いのかなとも想像してしまいます。
犬猫の糖尿病も猛烈に増えていると聞きます。
さらに花粉症、アレルギー、歯垢による虫歯の犬猫も増加していると聞きますが、その辺も気になります。
猫の最近の死因は感染症以外では癌、腎臓疾患の様ですが、それも長年の糖質による影響ではとも思います。
ペット業界もフード、獣医、などが手を組んであまり糖質オフを推奨しないようです。
うちではわざわざ糖質オフフードを探してあげています。下記
http://item.rakuten.co.jp/ashu/c/0000001178/
食事を変えてからうちの猫はスリムで元気に過ごしてます。
獣医ではないので分野違いではありますが、
その手の研究や論文、エビデンスはあるのでしょうか、もしあれが教えて頂くとありがたいです。
>読者さん
キャットフードの糖質、とんでもない話ですよね。
元々完全な肉食の猫に、小麦粉を50%も食べさせるなんてのは。
もちろん、草食動物を捕食したネコ科の動物は、糖質の濃度の高い内臓から食べますし、摂取してもインスリンも分泌されますので、対応できるのですが、毎食毎食、50%も小麦粉食わされてたら対応しきれないですよね。
獣医さん、ちゃんとした方々は、糖尿病の猫や犬には低糖質フードを勧めてくれます。
人間の場合よりも正しい食事指導をしてくださる方が多い印象です。
ただ、低糖質フードは高いですよね。
・・・実は、猫ちゃんたち、生肉をあげると大喜びで食べます。
鶏肉でも牛肉でも豚肉でも、一定期間冷凍してから解凍したものなら、寄生虫の心配はありませんし、ためしに解凍した室温の鶏肉とかあげてみてください。
すごい勢いで食べてくれます。
それが一番いいんじゃないかなと思います、餌としては。
高くつくけど(^^;)
返答有難うございました。
実は毎晩生肉はすでに与えていて以前のキャットフードの時はいやいや食べていたのが生肉にしたら1分程度で毎回完食です。
それも食事の時間の催促の仕方以前とは大違いで大喜びしてます。
猫の飼い主として色々調べたのですが唾液にアミラーゼも無く、腸も人間よりはるかに短く、盲腸も無い。さらに歯は臼歯も無いのに糖質食べさせるのは病気になれと言っているようなもの。
ただどこの飼育書にも生肉を与えろとは書いていない。
自分の健康管理に意識が高く糖質制限を知識として知って実践をして有用性を認知してさらにペットに対しての健康に意識がある人のみたどりつく話。
餌代が高くなるものの保険のかからない高額の医療費が安くなる。
安くて糖質たっぷりのキャトフードは猫にとって不味いもの食わされて結果病気になり飼い主は高い医療費を獣医に払う。
糖質制限の有効性などの知識を持たない多くの飼い主なら疑問を持たずにキャットフードをあげてしまう。
その事で今、犬猫の結石や腎臓病、虫歯、アトピー、花粉症、糖尿病、癌、てんかん、認知症が急増していることを考えるとやはり糖質とこれらの病気の相関関係がかなり証明できるように思い、ひいては人間社会にもつながるのではと思います。
>読者さん
すでに生肉派でしたか(笑)。
そうなんです、ほんとに嬉しそうにすごい勢いで食べますよね。
生肉がありそうな間は他の餌は見向きもしません。
>犬猫の結石や腎臓病、虫歯、アトピー、花粉症、糖尿病、癌、てんかん、認知症が急増していることを考えるとやはり糖質とこれらの病気の相関関係がかなり証明できるように思い、ひいては人間社会にもつながるのではと思います。
そうなんですよね、犬猫の生活習慣病が急増、なんて言ってますけど、犬はともかく、猫は生肉メインでときどき、ブロイラーではない鶏の新鮮な内臓や(ぜいたくだけど)、お好みで葉っぱ食べさせとけば、こういう病気に関して何の心配もいらないんじゃないかなと思います。
犬や猫の生活習慣病の改善を通して、啓蒙できたらそれは素晴らしいですね。
ご参考
いつも色々参考にしています。
我が家の猫は毎晩、ミンチの鳥、馬肉か鳥の生肝などをあげています。
原始の猿人が骨髄を食べていたとの事で、猫に骨付きの手羽元を挙げてみました。肉を出来るだけ骨から外して骨も一緒に与えたところ、肉はすぐに完食。
少しして様子を見ると骨も無残な形でかみ砕いて一番固いところ以外を食べてかけらだけが残っていました。
野生に居るとハトやネズミを食べているわけですが、骨もほぼ丸ごと食べているまさにエビデンスです。
ニワトリの骨は多少硬いとは思いますが半分以上は骨ごと食べました。
一度お試しあれ。
おなか一杯だと残すかもしれません。ライオンが野獣の肉を残すように
。我が家では一日二食で量もあまりあげません。週一回の日曜日は一日断食で一日一食です。
その為いつもおなかすましていますが意地悪しているわけではありません。
色々なペットを飼った経験から、ご飯を沢山あげたペットはことごとく早死にした経験から。
多摩動物園でライオンには食事は週2~3回だけで肉の塊だけだと聞いた事があります。
余談ですが、人間も同じではと考えていて私は一日一食です。
猫の健康診断では優秀は結果を貰いました。
同様に私も人間ドックではお酒の量?以外は優秀との評価を貰っています。
猫のサイトを見ているとことごとく太っていて、口内炎や虫歯、糖尿病の猫の多いこと。人間社会の縮図です。
>読者さん
私も時々野良猫に餌を上げるのですが(去勢された地域猫で、公園で皆さんからいじられています。)、生肉の食べっぷりたるやすごい物がありますよね。
かなり厳しく糖質制限すると、一日三回も食事をする必要性を感じなくなりますよね。
そしてそれでなんてことないし、カロリー制限ってやはり基本的には、糖質をせっせと食べている人たちだけで気にすべき問題なんだろうなと思います。