インスリンが強く作用する意外な臓器 受容体の発現を見ると・・・
インスリンの作用についてもう一度よく考えてみましょう。
私たちが知っているのは以下のような話ですね。
インスリンは膵臓から分泌されると
1.インスリン受容体を発現している細胞に受容体を介して作用します。
たとえば、
2.筋肉細胞や脂肪細胞にインスリンシグナルが入ると、
3.細胞内に留まっていたグルコース受容体のGLUT4が細胞表面に出てくるのでグルコース(ブドウ糖)をとりこむようになり、
4.取りこんだグルコースを長く連ねたグリコーゲンに変えて細胞に蓄えるし、
5.嫌気性の解糖系を動かしてグルコースをピルビン酸に換え、
6.それを原料に脂肪酸を作成し、細胞内に蓄えます。
上に書いた話を図解にしたものがこれです。
By User Meiquer - English wikipedia, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1498599
で、これだけなのか?
ほんとうにインスリンの作用ってこれだけなのか?
そのことについてちょっと調べてみましょう。
<インスリンはそもそもどんな臓器に作用するホルモンなのか?>
まずは、インスリン受容体の組織別発現比率を見てみましょう。
人間の体の中でどの臓器(組織)がインスリン受容体のRNAをたくさん発現しているかの比較を見てみます。
BioGPSというサイトで調べれば誰でも見ることができて、その結果が以下です。
驚きの結果ですが
インスリン受容体の発現が図抜けて高い臓器が三つ
1.副腎皮質 adrenal cortex
2.胎盤 placenta
3.卵巣 ovary
これ、非常に興味深いです。
それぞれにインスリン受容体の発現が高い理由と何が起こっているのかについての推測を書いてみますね。
<1番目の副腎皮質>
副腎皮質は副腎皮質ホルモンを産生する臓器です。
その代表的なホルモンであるコルチゾール(ステロイド)はストレスがかかった時に放出されて、血糖値に関して言えばグリコーゲンを分解して血糖を上げる方向に働きます。
これは「ストレスを感じる」→「非常事態にある」→「自分に危険が迫っている」→「危険を回避できるように体を臨戦態勢に持っていく」→「血糖を上げておき、いつでもエネルギーを得られるようにしておく」という体を守る仕組みによるものです。
血糖を下げるインスリンの受容体が、血糖を上げる働きをする副腎皮質に高発現しているのはなぜでしょうか?
それは、インスリンが効きすぎて低血糖にならないようにするためのフィードバックとして働いていると考えればリーズナブルです。
副腎さん、こんなところでも頑張っているのですね。。
しかし、現代人のように毎食毎食たっぷりの精製糖質を食べれば、そのたびに大量の追加分泌インスリンが出て副腎を刺激していると考えることもできるわけです。
食事のたびにインスリンで刺激されまくっている副腎皮質。。。
三食ごとにがっつり糖質を食べていれば、インスリンを出す膵臓だけでなく、インスリンに刺激される副腎も疲弊してしまう。
それが容易に想像できる結果ですね。
2型糖尿病患者での副腎疲労はインスリン分泌に何度も何度もさらされることで成立してしまう、そう考えることができます。
ましてや1型糖尿病患者が注射する速効型インスリン製剤による副腎疲労たるや・・・
<2番目の胎盤>
胎盤は胎児に取ってみれば肝臓であり心臓であるような非常に重要な働きを持つ臓器です。
ここにインスリン受容体が高発現しているということは、母親の栄養状態、特に糖質摂取による追加分泌インスリンの濃度を鋭敏に感じ取って、それに反応していると考えることができます。
宗田先生の研究報告からすると妊娠中は通常、胎児の血液中ではケトン体値が高くなります。
さらに、胎盤はケトン体を産生する臓器であることも示唆されています。
しかしインスリンはケトン体の産生を抑制します。
母体が毎食糖質を食べて、追加分泌インスリンが出ていると、胎盤はケトン体を十分に産生できなくなってしまうでしょう。
寝ている間ぐらいしか、胎盤でケトン体は作られないわけです。
はたしてそれは胎児の脳の発育にとって良いことなのでしょうか?
・・・とてもそうは思えないですよね。
2型糖尿病合併妊娠の治療としてインスリン製剤を投与することは、できれば避けたいですよね。
ましてや、妊娠に伴うインスリン抵抗性の増大でしかない妊娠糖尿病を病気だとして糖質を食べさせた上に、血糖が下がらないからといってインスリンまで投与するのはおかしいでしょう。
このことは妊娠初期のある現象の意味も示唆してくれます。
妊娠初期のつわり、食欲不振。
あれは、
妊娠初期の胎児の脳発達がもっとも重要な時期に胎盤が十分な量のケトン体を産生できるようにしているからではないか?
つまり、母親がうっかり糖質を食べて胎盤が追加分泌インスリンにさらされることを避けるために誘導されている状態なのではないかということです。
つわりで食べられなくたって大丈夫です。
健康な女性であれば皮下脂肪がしっかり蓄えられています。
それを分解してケトン体として利用すればいいだけの話で、水分さえ摂取できていれば数日間絶食することにたいした危険性はありません。
つわりでげーげー吐いて、二週間ほどは毎日水しか飲めなかったという人でも胎児はしっかり成長しています。
うん、やはり妊婦は低糖質がデフォルトの食事であるべきだと思います。
健康な生殖年齢の女性であれば必要な皮下脂肪は蓄えられるようにできているのです。
人間に限らず、ほとんどの哺乳類において、メスの体がオスに比べると皮下脂肪が多く、丸みを帯びているのは「子供を妊娠している間の胎児への栄養の備蓄のためだ」と考えればリーズナブルでしょ。
<3番目の卵巣>
私はこれに一番びっくりしました。
不妊症の原因疾患として有名なものに「多嚢胞性卵巣 PCO: Polysystic Ovary Syndrome」というものがあります。
これはどういう病態なのかというと、卵胞発育が途中で止まってしまい、排卵に至らない卵胞がたくさん卵巣内に貯留している状態なのです。
排卵がないのだから当然ながら妊娠しません。
このPCOは肥満や2型糖尿病との合併例が多いことは以前から知られていました。
「インスリン抵抗性が高いと卵胞発育が抑えられてしまう」というものです。
実際、メトホルミン投与がPCOの症状を改善することも経験的に知られています。
でも、この発現結果を見ればそれは当然ですよね。
なんのことはない、卵巣の細胞にはインスリンによる刺激がダイレクトに強く入るのであり、そのために「インスリン抵抗性が高まると卵胞発育に悪影響が出るかもしれない」のです。
そして、三食三食精製糖質を食べて、「卵巣を多量の追加分泌インスリンにさらしているうちに卵巣が疲弊してしまい、卵胞発育がうまくいかなくなる」ということも考えられます。
PCOでは卵巣内のアンドロゲン濃度が高くなることが原因であるとも考えられているので、「インスリンが強く作用するとアンドロゲン濃度が上がるために卵胞発育がうまくいかない」ということも考えられます。
いずれにせよ、なんのことはない、
「PCOというのは卵巣の2型糖尿病だった」のではないか。
なんてこったい。。。
PCOと糖尿病の関係性について、以前にステロイド結合たんぱくの肝臓での生産が落ちることが関係するのではないかという記事を書いたことがあります。
http://xn--oqqx32i2ck.com/review/2_1.html
・・・お恥ずかしい限りです。
あのときになんでBioGPSでインスリン受容体の発現を見なかったのでしょう?
ということで、インスリン受容体の臓器別の発現比較をしてみると、こんな結果でした。
しかし、一般的にインスリンが作動して血糖を取りこむ主な細胞と考えられている筋肉細胞や脂肪細胞は発現量が低い結果となっています。
これらの細胞のボリュームは副腎や卵巣に比べると圧倒的に多いので、インスリン受容体の総量で言えば決して少なくはないと考えられます。
だとしても、この結果だとインスリンに鋭敏に反応する臓器(組織)ではないように思われる発現ですね、なんでなんでしょう?
で、実は、これには続きの話がありまして。
BioGPSのサイトをよく見てみると、あれれ、というグラフも出てまいります。
でも、あまりにも長く取りつきにくい話になるので、次の記事にしますね。
インスリン受容体発現の多い少ないがどんな病態を生みだしているのか?
http://xn--oqqx32i2ck.com/review/cat29/post_269.html
副腎皮質には血糖を上げる方向のホルモン産生と血糖を下げるインスリンの受容体が高発現ですか。
すい臓は血糖値を下げる働きのインスリンと血糖値を上昇させる働きのグルカゴンができると聞いたことがあります。。
一つの臓器なのに多機能で不思議です。
続きが待ち遠しいです。
おはようございます
今日はインスリンと副腎皮質の記事をお書き下さいましたので
関連してお聞きしたい事がございます
今年の元旦、初めてスイーツバイキングで過食しました
(それまでもスイーツは毎日適度に摂ってはいましたが)
その後足の甲や踵、くるぶしなどが紅く腫れて熱を持ち
痛みで歩行さえ困難な状態になりました
肝機能の数値も悪くなっていましたので
色々と検査をしてもらいましたが
リウマチや肝炎でもなく原因不明とされました
自分で思い当たる原因はスイーツバイキングでの砂糖の過剰摂取しかない!と
砂糖の使われている物を一切絶ちましたところ
何と実質二週間ほどで治まってしまいました!
ただ、いまでも完治したというわけではなくて
足の甲に熱を持った感じになる時もありますが
痛みは全くなくなっています
二ヶ月程続いた原因不明の炎症・・
私は砂糖が原因だと思っていますが
でも何故足の炎症に繋がるのかがわかりません
元旦のスイーツ大量摂取でインスリンが大量に出され
副腎皮質が疲労して・・?
でもやっぱりわかりません・・
先生、こんな症例を今迄ご覧になった事はありますか?
もし宜しければ教えて頂けると大変嬉しいです
(何しろ私のいつもお世話になっている主治医は
自らスイーツバイキングに行かれる方ですので
糖質制限には理解を示されない方だと思います^^)
どうぞ宜しくお願い申し上げます
>みいさん
>思い当たる原因はスイーツバイキングでの砂糖の過剰摂取しかない!と
おそらくその足の炎症と副腎疲労の間に直接の関連性はない(あるともないとも答えようがない)と思います。
砂糖が原因かどうかというのもなんとも申し上げようがないです。
HNと文体からすると40代以上の女性の方と推察しますが(年齢と性別次第で想定すべき病気も変わりますので)、その場合、結節性紅斑などの皮下組織の炎症性疾患いろいろも考えるべきでしょう。
そのような炎症性疾患を繰り返している人が糖質制限をすると改善するという話はしばしばあります、しかしそれらの病気が砂糖の大量摂取が原因で突発的に起こるという話は、私は知りません(可能性はありますが、文献上、経験上は知りません。)
また、症状だけ見ると痛風発作が可能性高そうなのですが、尿酸値はどうだったのでしょうか?
>何と実質二週間ほどで治まってしまいました!
・・・これは砂糖のせいだったのか、病気が二週間ほどで治るタイプだったのかの判別はむずかしいです。結節性紅斑などでも二週間ほどで自然に症状は改善していきますので。
結論は、知らない、なんだったのか推測できない、です。
先生、お忙しいところ、どうも有り難うございました!
早速、結節性紅斑を調べてみましたが
「固いしこり」とかは当てはまらなかったので
また違う炎症だと思います・・
痛風などでもありませんでした
尿酸値は低めですし・・
何にせよ、治った事に対しても
主治医も首を傾げていただけでした
おっしゃる通りアラフィフです^^
これからもブログの記事を楽しみにしています
有り難うございました
>tamaさん
続きアップしました。
予想と違うかもですけど、お楽しみいただければ幸いです。
かるぴんちょ先生
初めてコメントします。
大変興味深い記事をありがとうございます。
副腎皮質にインスリン受容体の発現が高いとのことですが、インスリンが受容体に結合すると、そのシグナルは具体的にはどのような作用をもたらすのでしょうか。
筋肉や脂肪細胞では、GLUT4が細胞表面に現れ、そこにグルコースが結合して細胞内に取り込まれ、グリコーゲンや脂肪酸として蓄えられます。
では、副腎皮質の場合、インスリンのシグナルは、どのような機序で副腎皮質ホルモンを分泌させるように働くのでしょうか。
>ゆたかさん
>インスリンが受容体に結合すると、そのシグナルは具体的にはどのような作用をもたらすのでしょうか。
・・・シグナル経路はたくさんあります。例えばこういう図を見てみてください。
https://www.cellsignal.com/contents/science-pathway-research-cellular-metabolism/insulin-receptor-signaling-pathway/pathways-irs
>副腎皮質の場合、インスリンのシグナルは、どのような機序で副腎皮質ホルモンを分泌させるように働くのでしょうか。
・・・副腎皮質にインスリン受容体が高発現していることを今回、BioGPSのデータから発見した、ということを提示したわけです(多くの臓器で比較してそのことを指摘したのはひょっとしたらこの記事が世界で初めてなのかもしれません)。
それがどのように機能するのかについてはまたこれから考えなければなりません(例えば上のパスウェイのどれかなのか、関係するとしたらそれが直接分泌につながるのか、間接なのか)。
で、わかりません(どこかにすでに答えがあるのかもしれませんが、わたしはまだみつけていません、少なくとも教科書には載ってないでしょう)、文献検索してみてくださいな。
この先の研究の手がかりとなりそうな文献をいくつか紹介しておきます。
Endocr Relat Cancer. 2012 May 24;19(3):351-64. doi: 10.1530/ERC-11-0270. Print 2012 Jun.
The role of mTOR inhibitors in the inhibition of growth and cortisol secretion in human adrenocortical carcinoma cells.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22420007
Mol Cell Endocrinol. 2012 Mar 31;351(1):2-11. doi: 10.1016/j.mce.2011.12.006. Epub 2012 Jan 13.
Adrenocortical stem and progenitor cells: implications for adrenocortical carcinoma.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22266195
Int J Cancer. 2016 Jun 15;138(12):2785-94. doi: 10.1002/ijc.29950. Epub 2015 Dec 21.
Adrenocortical tumors and insulin resistance: What is the first step?
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26637955
で、この記事の主旨なんですけどね、
筋肉や脂肪に発現していてGLUT4を介したブドウ糖のとりこみの作用ばかりがクローズアップされてるインスリンの受容体が、よく調べてみるとそれ以外の臓器である副腎などでも高いよ、インスリンがどこでどのように作用するか、我々はもっと注意深くなるべきだと思うよ。
というものなんですよ。
今回発見した発現が高い臓器で具体的にどのようにインスリン受容体が作動しているか、詳しいことがわかっていたら、こんな記事は書かないですし、もっと詳しく書きますよ。
わかってくださいね。