緩徐進行型1型糖尿病SPIDDMは抗アレルギー薬IPDで治療可能なの?
緩徐進行型1型糖尿病という疾患があります。
Slowly Progressive Insulin Dependent Diabetesの略称としてSPIDDMとして表記されます。
この疾患はゆっくり進行する1型糖尿病ということで、1982年に日本で報告されました。
この病気では膵臓組織に対する自己抗体ができて、それが次第に増えたり減ったりするのと病気の進行がリンクすることも示されました。
現在測定可能な自己抗体には4種類あり(GAD、IA2、IAA、ICA)、この中で病状進行の確認のためにもっともよく検査されているのが抗GAD抗体です。
抗GAD抗体価(血中濃度)や、他かの自己抗体価が上がるとインスリン分泌が枯渇するIDDMになってしまう例が多い、とされます。
抗GAD抗体のGADというのはグルタミン酸デカルボキシラーゼの略称で、膵臓で発現している酵素です。
従ってGADを認識して攻撃する免疫細胞が増えれば増えるほど、膵臓の破壊は進み、インスリン分泌も減るであろうと予想されます。
その意味で、この自己抗体が高値なほど、SPIDDMは進行していると考えることもできます。
では、抗GAD自己抗体が増えないようにできれば膵臓の破壊は進まないのでしょうか?
いや、そもそも自己抗体を狙って消す方法なんて存在しないでしょうと思っていたら、それが可能であることを友愛病院の水野先生が報告しています。
私は全く予想していなくて、驚きの内容でした。
Facebookでの発現を見てびっくり、それからアメブロを読ませていただきました。
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GAD抗体が消える日 医師水野のアメブロ
http://ameblo.jp/naikaimizuno/entry-12292428599.html
ですが、逆に
インスリンがまだ出せる状態で
GAD抗体を消せれば
SPIDDM(=LADA)の場合の
進行を止められる可能性があります。
そんな事ができるのでしょうか?
何例かできました。
GAD抗体は消せる可能性があります。
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というものです。
ひょえ~~~~~!
です。
もちろん、自己免疫反応の主役はT細胞を介したもので、自己組織破壊と炎症において液性免疫の主役である自己抗体の果たす役割はあまり強くないのかなというのが一般的な印象です。
でも、自己抗体を消し、それと同時に病状が回復すれば話は違います。
水野先生のブログをさらに引用します。
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GAD抗体は消せる可能性があります。
このためにする事は2つ。
・糖質オフ
・IPDの内服
糖質をガンガン摂っていては、
膵臓に負担をかけ続けますし
免疫系もどんどん狂っていきます。
糖質オフは必須です。
IPD(アイピーディー)は聞き慣れないと思います。
これが抗体を下げるのに効く、というのは
新井圭輔先生に教えて頂きました。
新井先生、ありがとうございます!
このIPDは、
アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎、気管支喘息
に保険適用がある薬です。
添付文書
http://www.info.pmda.go.jp/go/pack/4490016M1023_1_11/
インタビューフォーム
http://www.info.pmda.go.jp/go/interview/1/400107_4490016M1023_1_04B_1F
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IPD?
IPDなんかで(開発者さんごめんなさい)消せるの?自己抗体が?
でも、あれはIL-4やIL-5のシグナルを抑えるだけで、Th2免疫を抑えるだけの薬じゃない??
と、思ったのですが、心当たりがあることに、はたと気がつきました。
私は2016年3月まで理化学研究所で研究していました。
最後には主にアトピー性皮膚炎のモデルマウスの研究をしていました、その成果を報告したのが以下の論文になります。
Hyperactivation of JAK1 tyrosine kinase induces stepwise, progressive pruritic dermatitis
J Clin Invest. 2016;126(6):2064-2076. doi:10.1172/JCI82887.
https://www.jci.org/articles/view/82887
日本語での概要はこちらをどうぞ
http://www.riken.jp/pr/press/2016/20160426_3/
このSpade(Stepwise Progressive Atopic DErmatitis)マウスがこんな経過をたどります。
https://www.jci.org/articles/view/82887/figure/1
1.出生直後から皮膚バリア機能が少し低い
2.生後4週齢から5週齢にかけて皮下組織に自然免疫系の免疫細胞(好中球やマクロファージ)が集まってくる(痒み、症状はない)
3.生後7週齢から9週齢ぐらいで皮下の自然免疫系細胞が増加し、痒みが出てきて掻き始める(発症するが)
4.掻き始めてから3週間程度でTh2免疫系(アレルギーで作動する免疫反応)が活性化し、皮膚から入ってくる外来抗原に対するIgG1、IgEなどが高くなる
5.Th2免疫系が活性化してから4~6週間でさらにTh1免疫系が活性化し、IgG2などの別のクラスの抗体発現が高くなり、多彩な免疫反応を伴う炎症になる
6.Th1に4週間ほど遅れてTh17免疫系という慢性炎症や自己免疫疾患で活性化する炎症免疫系も活性化する、皮膚組織に対する自己抗体がばんばんできる(ここは未発表)
このストーリーを1型糖尿病の発症と絡めて考えてみます。
1.なんらかの構造的な問題で膵臓のランゲルハンス島β細胞で炎症やリモデリングが起こりやすい人がいる
2.何かのきっかけで(ウイルス感染など)ある段階で自然免疫系の細胞の集積(炎症反応)が膵臓で起こってしまう(HLAの特徴によるかもしれません)。
3.炎症により膵臓組織が壊れ、インスリン分泌低下が起こってくる(症状はないことが多い)
4.Th2免疫系が活性化して抗GAD抗体ができる、しかしインスリン分泌能はまだ維持されている(症状はあっても2型糖尿病と思われる程度にインスリン分泌能はある)
5.Th1免疫系も活性化して、膵臓に対する抗体の種類もクラスも多彩になる。(ここではインスリン分泌能もかなり落ちてくる)
6.Th17免疫系も活性化して、自己抗体がばんばんできてインスリン分泌能は枯渇する
この第2段階から第5段階への進行がゆっくり進むのがSPIDDM
第2段階から第5段階へいっきに進むのがいきなり発症する古典的な1型糖尿病
第2段階から第6段階までいっきに進んでしまうのが劇症型1型糖尿病
で、IPDという薬はTh2免疫系の活性化を抑えるお薬です。
これが有効なのは第4段階であり、第5段階、第6段階に進んでいる場合には抑えきれません。
ということで、抗GAD抗体の抗体クラスがTh2系だけである場合にはIPDが有効なのでしょう。
抗GAD抗体がTh1クラスでも産生されるようになると、IPDではもう下がらないのだと思います。
また、糖質制限して内臓脂肪が減ると内臓脂肪による慢性炎症が抑えられます。
慢性炎症はTh2を活性化することが多いので、
SPIDDMの人が糖質制限をしていると抗GAD抗体が下がる、上がりにくくなるというのもリーズナブルですね。
その意味では「糖質制限+IPD内服」がTh2系の免疫反応を抑え込んでしまう、それで自己免疫疾患の進行を食い止めることができる(手遅れの段階でなければ)のです。
ちなみに、なんでTh2系の免疫反応が最初に進み、あとからTh1が追いかけてくるのか?
これは病状の進行を考えればなんとなく、シンプルにですが説明はつきます。
Th2免疫系というのは寄生虫から侵襲を受けた時に、つまり組織が物理的なダメージをはっきり受けた時に作動する免疫系です。
Th1免疫系は、体内に細菌が侵入してきて組織内で増殖を始めた時に作動するべき免疫系です。
アトピー性皮膚炎の進行では、皮膚が組織ダメージを受けていても黄色ブドウ球菌の侵襲を強く受けていない段階であればTh2だけで、Th1はまだ動かないと考えられます。
ま、これは蛇足の考察ということで。
で、本日、新井圭輔先生のセミナーをウェブ受講して驚きました。
「糖質制限・ケトン体高値」と「低インスリン療法」
-糖尿病、高血圧、自己免疫疾患、がんの理論医学に基づく診療-
http://skillup-mt.jp/seminar/seminar.php?no=512
1型糖尿病だけではありません、様々な自己免疫疾患が糖質制限+IPDで治療できるというのです。
免疫・アレルギー研究にかかわってきたものとしては「え~~~!うそぉ!」というものです。
「あのIPD投与でいいんかよ!」
転げます。
ということで、糖質制限+IPDは自己免疫疾患の進行を抑える画期的な薬になりうる可能性を秘めています。
すげー衝撃の数日間でした。
おそるべし糖質制限。
水野先生のアメブロ読んだ時、これって他の自己免疫疾患に使えるのかしら、とおもったのですけど、使えるかもしれないんですね!
もちろん、しっかり診断がついてしまえば、小児科だと症例も少ないし、専門医に任せてしまうつもりですが、将来シェグレン症候群になるかもしれない反復性耳下腺炎とか、甲状腺腫のみの橋本病とか、経過観察と称して放置されがちです。緩徐進行性の何もしようのないものに、何か使用できるというのは、画期的です。ダメ元で、糖質制限とIPDって大ありですよね。
新井先生のセミナーは値段で躊躇してしまい、まだ見てません。少し悩んでみます。
しかし、IPDですね。出たての頃、同僚が喘息児のロイコトリエン拮抗薬を、次から次へとこれに変え、全例症状悪化、苦々しい思いをしましたが、なんと量が少なかっただけとは。日本の医薬品行政の弊害でしょうか。
>ニコさん
>将来シェグレン症候群になるかもしれない反復性耳下腺炎とか、甲状腺腫のみの橋本病とか、経過観察と称して放置されがちです。緩徐進行性の何もしようのないものに、何か使用できるというのは、画期的です。ダメ元で、糖質制限とIPDって大ありですよね。
・・・はい、IPDには様々な可能性があるようです、新井先生のセミナーではバセドウ病が半年以内に治癒(自己抗体消失)した症例が数例あったそうです。何例ほどトライして何例の成功なのかはわかりませんが、自己抗体価の低下とT4の低下は比例していました。驚きでした。
> しかし、IPDですね。出たての頃、同僚が喘息児のロイコトリエン拮抗薬を、次から次へとこれに変え、全例症状悪化、苦々しい思いをしましたが、なんと量が少なかっただけとは。
・・・ロイコトリエン拮抗薬が働くのはエフェクター細胞の肥満細胞、好酸球、好塩基球の活性化段階、つまり炎症の現場の最終段階なのですが、IPDが働くのは素のひとつ前の段階、Th2系のリンパ球から放出されるIL-4やIL-5の作用を抑える部分ですよね。
ロイコトリエンとIPDは作用段階が異なるわけですから、置き換えるのは良く無かったと思います。
喘息の発症初期ならともかく、慢性化して気道のリモデリングが進んでいる段階であればおそらくTh1免疫系やTh17免疫系まで活性化していると思いますので、それら経由でエフェクター細胞群が活性化している場合(メカニズムは置いておいて)、IPDは無効でしょう。
お話いただいて、喘息や重症のアトピー性皮膚炎などの外界と接する部分の「感染を伴う可能性のある」自己免疫性疾患(もしくは自己抗体のできている慢性炎症疾患)ではTh1やTh17の活性化が進んでいるので、IPD単独では症状を抑えるのに有効ではない症例が多くなるのではないかと思いました。
逆に言うと、無菌性で組織破壊を伴う炎症であることがIPDを使えるポイントなのかもしれません。
>将来シェグレン症候群になるかもしれない反復性耳下腺炎とか、甲状腺腫のみの橋本病とか
・・・この辺は有効である可能性が高いかもしれないですね。あくまでも推測ですが。